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■■■ 足枷をどうぞ、ウェンディヤンデレオレ司。オレ司→黛(→)僕司かもしれない。 いろいろあったとはいえ、黛を見出し一年を共に駆けたというより走らされたあの、唯我独尊で俺様何様天帝様な赤司が黛にとって、他者と一線を画している存在であるという事実は否めない。とはいえ、決勝戦の最後、チームとして戦ったのは今の赤司だし、普段は特に区別をしているつもりもない。全部元がつくとはいえ主将でエースでチームメイトだったことには変わりなく、前より少しばかり可愛げを覚えただけの後輩だ。 ただあの、いなくなった赤司をふと思い出すとき、今の赤司征十郎に向けるそれに少し、何かが重なる。それはある種のフィルターなのかも知れないし、思い出補正というやつかも知れないし、あるいは小さじ一杯分程のとくべつ、なのかもしれない。人当たりが良くなったお坊ちゃんは、かつての剥き出しの苛烈さが自己防衛本能の裏返しの針だったのかと黛に思わせるほど、出来すぎた人間だった。だからこそどこか、遠くなった気がした。最初から近い訳でもなかったが。 だから何故かあちらの赤司が黛の元へしばしば訪れても、特に何も思うことはなかった。引退した人間相手にわざわざ雑談をしにくる意味があるのか疑問に思う程度には、チームメイトとはうまくやっているらしい。言葉には出さないが、黛に思うところがあるらしい素振りは見て取れた。黛自身にとっては終わったことだし今更気にしてもいないのだが、溜め込むタイプに見える赤司を拒否するほどでもない。好きにさせていればその内気が済むだろうと思っていた。暢気なことに。恐ろしく深い、赤い目に射竦められ、押し倒されるまでは。 世間話の一つとして、「そういえば告白されたんだわ、付き合うかもしれねえ、お前はそういう話とかねえの?」と何気なく言った直後だった。 稲妻が落ちたかのように、赤司の雰囲気は一気に昏くなった。重苦しいほどだった。気圧されて動けない黛をやすやすと腕で拘束し、覗き込む双眸にぞっとする。恐怖を覚えたことを認めたくない黛の耳に、笑い声が吹き込まれる。なんだこれは。 「黛さん」赤司は歌うように告げた。 「あなたが好きです。だから俺のものになってほしい」 宣告は青天の霹靂だった。目を見開く黛に、赤司は場違いな程楽しそうに笑う。 「あなたとの思い出も絆も、僕が築いた残滓を掴んで繋ぎ直しているようなものだから。ゆっくり貴方の懐に入り込んで、オレ以外の選択肢を消していくつもりでした。 でもそれでは遅いんでしょう? あなたにはオレ以外に選ぶ先があって、そしてそれを選んでもいいと思っている。そんなの許せるはずがないでしょう。オレにはあなただけなのに。だからあなたにもオレだけだ。オレを選んでください、黛さん」 笑顔だというのに、一番酷薄で残酷だったかつての赤司の記憶よりも恐ろしい。黛はどうにか唾を飲み込んで、腹から声を出した。掠れたり震えたりすることはプライドが許さなかった。 「────断るって言ったら、どうする」 ささやかな抵抗に、ネズミをいたぶる猫のように赤司がうっとりと笑う。 「あなたを失うくらいなら、あなたの全てをオレの手で奪うのも悪くはないですね」 そっと首に添えられた手が熱いのに、そこから血が凍りついていくようだっだ。 かつてより精度は落ちたが、アイコンタクトである程度赤司の思考が読めるスキルは健在だ。あちらも敢えて読ませているのだろう。 この赤司はきっと、黛が拒んだ瞬間躊躇なく絞め殺すだろう。穏やかに、鷹揚に。だがその本質はどこまでも王様だ。全てを意のままにする手段が、力での支配か、思うままに動くことをたすけると見せかけての侵食か、その違いでしかない。 「あなたの体を綺麗な人形にして、オレの傍に一生いてもらうのもいいですね。魂は、オレが旅立ってから捕まえればいい。ちゃんと、オレが死ぬ時にあなたも一緒に燃やしてあげますから。オレがいなくなったあともあなたの体があるなんて許さない」 蕩けるような瞳で喉仏を撫でる赤司の手に、黛は陥落した。黛の命も生き方も、誰かに決められるのは御免だった。例えそれが2つしかない道なのだとしても、己の意思で決めたかったのだ。 合わさった視線から全て読み取った、赤司が上機嫌に笑う。満たされた笑い声がほろほろと降り注ぐ、その軽やかさを憎くも思えないことに今更気づいてしまう。 嘆息して瞼を下ろした赤黒い闇の中で、鳥籠の扉が閉まる幻聴が聞こえた気がした。 (18.05.15) |